無散逸・磁気リコネクション
 地球磁気圏の太陽からは後方部分(地球で15 Re程度)において,
散逸がない状態であるのに散逸現象が起きる 」 のは何故なのか?
この磁気流体の散逸現象である磁気リコネクションの根本的矛盾が,
磁気流体力学を定式化したアルヴェンらを1950年代から悩ませて
いたパラドックスでした。
 この磁気リコネクションでは,Dungeyの古典理論や有限異常な
電気抵抗の発生理論が広く語られました。その一方で,T.W. Spicerが
提案した慣性抵抗理論は,人々からは珍奇な理論と見られ,皆に拒絶
された(reject) ことが彼の論文で語っています (References参照)

 この問題を世界で数値的に解明(実証)したのは,新しい手法で
ある実験・理論と並ぶ第3の方法の,計算機シミュレーションによる
研究です。
 異常抵抗から大学院で研究を始め,メリーランド大学で研究者
として認められ,それから慣性運動に辿りつくまで10余年の歳月が
あります。その理由は,ディバイ長の小さい空間スケールの粒子コード
とは違う, 「低周波数粒子コード (Mocro-particle simulation code)
の開発とそれによる研究が必要だったからです。

 この矛盾なく運動する 「慣性運動による無衝突磁気リコネクション」
は,非常に単純明解であり,APS(アメリカ物理学会)の論文には十分
反響がありました。低周波数粒子コードという基礎の上に立ったうえで,
磁気リコネクションの理論が認められました(Refs. 1 - 4)

 M. Tanaka, Physics of Plasmas, vol.2, pp.2920-2930 (1995).
    基礎方程式: Maxwell方程式(1)-(4),陽子・電子の運動方程式(5)-(8)  


 Fig.1 ポロイダル磁気フラックスPsiとy方向の陽子電流J_yで、時刻はt /t_A= (a) 0, (b) 1.6, (c) 3.1
 Fig.2 トロイダル電場E_y,トロイダル電流J_y, 分離したポロイダル磁気フラックスDelta Psiと距離




なぜパラドックスなのか?

 宇宙の99.99%は中性ガスが電離したプラズマ状態にあるといわれて
います。 そのプラズマを流れる電流は磁場をつくり,それがプラズマを
狭い空間に閉じ込めます。 ところが,マックスウェル方程式と流体の運動
方程式から導かれる磁気流体方程式は,起源が異なる2つの磁力線群
とそれを運ぶプラズマは,散逸がない場合は混ざりあわないと教えます。

 しかし,地球磁気圏と太陽風との境界面では 磁気リコネクションが
間歇的に30分程度の時間内に発生・終了します。これがサブストーム
(磁気擾乱)で,その結果としてオーロラ発光などの原因となっている
ことが,人工衛星による観測の積み重ねでわかってきました。
 一方,この宇宙環境では,散逸はきわめて弱く,散逸が起きる特性時間は
1週間程度です。実際の30分と理想的な1週間の違い,これでパラドックス
といった意味がわかるでしょう。

 多くの研究者は,理想的な磁気流体力学の方程式の範囲で考え,
その
方程式に登場した架空の散逸項がオームの法則で知られた電気抵抗でした

散逸が無いと,実験室プラズマや磁気流体シミュレーションでも磁力線は
融合しないことが確められます。他方,散逸がある,すなわち電気抵抗が
ゼロでない(有限である)とき,磁気リコネクションが発生します。
 地球を取りまく宇宙空間でのプラズマと磁場のシミュレーション研究では,
仮定を認めた上て,磁気流体方程式と有限の電気抵抗を用いて現象の
予測が行われました。


電気抵抗の起源は何なのか?

 磁気流体による記述が成り立たない環境で磁気リコネクションが起きるため
には電気抵抗が必要でした。私が行うプロトンと電子のマクロ粒子コードでは
散逸のない状態での粒子系を扱い,無衝突で磁気リコネクションが発生します
磁気リコネクションでは,地球磁気圏での X(エックス)点と呼ばれる極めて
小さな領域で起き,磁力線が融合します。
 そこではプラズマ中のプロトンと電子は異なる軌道を取り,サイクロトロン半径
が微小な電子は磁力線に沿って運動し,外側領域を進むプロトンと一時的に
乖離が起きます。これを
「慣性 (inertia)」 による運動 と呼び,無衝突過程です

ここを離れると,再び磁気流体として一緒に運動します。

 これは,プロトンと電子が常に一緒に運動するとした「磁気流体記述」の
破綻を意味しますが,それとは関係なく,電子とプロトンの粒子は運動します

狭いXポイントではプロトンと電子は一緒には運動しない
,と物理学は
明確に述べています
。これが磁気リコネクションの答えでした (文献1)。


References
1. M. Tanaka, Macro-particle simulations of collisionless magnetic reconnection,
Phys.Plasmas, 2, 2920-2930 (1995).

2. M. Tanaka, A simulation of low-frequency electromagnetic phenomena in
kinetic plasmas of three dimensions, J.Comput. Phys., 107, 124-145 (1993).
3. M. Tanaka, Macro-EM particle simulation method and a study of collisionless
magnetic reconnection, Comput.Phys.Commun., 87, 117-138 (1995)

4. M. Tanaka, Asymmetry and thermal effects due to parallel motion of electrons
in collisionless magnetic reconnection, Phys.Plasmas, 3, 4010-4017 (1996).

5. H. Shimazu, M. Tanaka, and S. Machida, The behavior of heavy ions in
collisionless parallel shocks generated by the solar wind and planetary plasma
interactions, J.Geophys.Res., 101, 27565-27571 (1996).
6. T.W. Speicer, Planet. Space Sci., 18, 613 (1970).



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English: Particle simulations of collisionless magnetic reconnection



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計算機シミュレーションで物理学を研究する
中部大学工学部紀要、田中基彦,2022年3月